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上機嫌でいこうw

松かさの生活と意見ほか

最近の見聞録から(7月19日)

見聞録 CD

こんばんは。

暑い日が続きますね。今日はディスクユニオンにCDを売却してきました。希望額には、やはり届かないものですw

さて、今回取り上げようと思っているのは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番。「皇帝」の愛称で親しまれている作品です。 

皇帝&戴冠式

皇帝&戴冠式

 

 

このCDは、辻井伸行さんとオルフェウス室内管弦楽団の演奏でして、指揮者はいません。オルフェウスは指揮者をおかない室内管弦楽団で、演奏は楽団員の自発的な音楽性にまかされているんです。モーツァルトの時代くらいまでの作品には定評があります。

辻井さんのコンチェルトは、今までにラフマニノフの第2番やチャイコフスキーの第1番を聴いていますので、今回いよいよベートーヴェンを弾くとあって、期待をもって再生させました。

今、繰り返しの2回めを聴いています。まず、オケの伴奏から。ウィーン・フィルなどの大オーケストラで聴くことに慣れてしまっていると、いかにもこじんまりとした演奏なのですが、その分各パートが浮き彫りにされ、まるで顔が見えるかのような印象を受けました。

肝心の辻井さんの演奏です。この豪華絢爛な曲は、ともすると「力で押す」タイプの演奏が現れそうなものなのですが(幸い、そういうのを聴いたことがありませんw)、この演奏はあくまでも素直に、まっすぐにベートーヴェンに取り組んでいると思います。第一に推せるディスクではないにしても、好感が持てる演奏です。なお、この曲は終演後の拍手はないものの、ライブ収録されています。

もう1曲は、「戴冠式」の名で親しまれているモーツァルトのピアノ協奏曲第26番です。モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも、華やかなものとされるこの曲でも、基本的な印象は「皇帝」と同じです。カデンツァと呼ばれる、第1楽章で披露されるピアノ独奏部は、辻井さんご自身によるもの。2楽章の静謐さ、3楽章の音の粒立ちなど、聴きどころは多いです。これも好演です。

 

 

 

 

最近の見聞録から(7月16日)

見聞録 コミック

こんばんは。

また変な時間に休んでしまったので、この時間(0:59現在)に起きていますw

今回は、最近入手した、また、これから入手予定のコミックをご紹介させていただきます。

私はSo-netを利用しているので、会員限定のReader月極めコースも利用しています。¥500/月で、¥550分のポイントが毎月2日に付与されます。それを利用して、主としてコミックを購読しています。(以下のリンクでは、Amazonのページに飛びます)

 

真昼の月 海街diary・2 

海街diary 2 真昼の月 (flowers コミックス)

海街diary 2 真昼の月 (flowers コミックス)

 

綾瀬はるか長澤まさみ夏帆広瀬すずの豪華メンバーで実写化された原作本。第1巻はkindleで読んだかと思います。広瀬すずちゃんの愛らしさにKOされましたw

 

ちはやふる 32巻 

ちはやふる(32) (BE LOVE KC)

ちはやふる(32) (BE LOVE KC)

 

Readerではまだ配信されていないので、首を長くして待っています。まあ、8/2のポイント付与を待って購入することになるでしょう。

 

 

 

 

最近の見聞録から

見聞録 松かさの生活と意見

おはようございます。

昨日、少し早く休んだので、ちょっと早く起きてしまいました。お腹も空いていたので、軽く?食べておきました。

さて、今回から「見聞録」というカテゴリーを作ってエントリーを進めていきたいと思っています。見聞きした本、音楽、映画(ビデオ)などについて、軽く紹介したいと考えています。まだ読了中のものも含みますので、それらは、別途まとめることもあろうと思います。よろしくお願いします。

 

■現代語訳・学問のすすめ

さて、先日『国家を考えてみよう』(橋本治)を読みおえて、次に読み始めたのが『現代語訳・学問のすすめ』(福沢諭吉齋藤孝。ちくま新書、kindle版)です。 

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

 

 

全17編中、第4編までを読みました。ここまでのメッセージとしては、

日本人よ、賢くあれ

の一言に尽きるといってよいでしょう。平等・自由・独立の気概をもって生きていくために、「役立つ」学問をすることを勧めています。

 

オイストラフ モーツァルト ヴァイオリン協奏曲全集

www.hmv.co.jp

 

国内盤。最近、オイストラフの協奏曲の追っかけをしています。この全集にたどり着いたのは、ヴァイオリンとヴィオラのための『協奏交響曲』を聴き直したかったからです。輸入盤では、第1~5番の「協奏曲」しか含まれていないので、この国内盤のセットを買い求めました。温かい音色から、オイストラフの人柄がしのばれます。

 

オイストラフ ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲

オイストラフの協奏曲をもう一点ご紹介。 

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲

 

これは図書館で借りてきました。それは旧EMI盤ではあるのですが、リマスターの効果が著しく、鮮明な録音として蘇ります。指揮のクリュイタンスは、ベートーヴェン交響曲全集でもすばらしい実績をあげていますので、このディスクが悪かろうはずがありません。

 

もう一冊、今日から読み始めようとしているのが、 

サバイバル宗教論 (文春新書)

サバイバル宗教論 (文春新書)

 

です。これはまだ開封もしていませんので、紹介するにとどめておきます。

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国家を考えてみよう(橋本治、ちくまプリマー新書)

読書 Kindle

こんにちは。

今日からセミが鳴いています。昨日は鳴いていなかったと思います。さて、今回もさる読書サイトに投稿したものを転載します。

国家を考えてみよう (ちくまプリマー新書)

国家を考えてみよう (ちくまプリマー新書)

 

 

まさに、「怒涛」「圧巻」という言葉こそがふさわしい展開であった。 

 

この著では、国家について考える際につきまとう面倒さについて考えられている。図書館に行くと、国家論は政治学ではなくて、哲学のコーナーに置かれている。これは、私たちが知っている国家とは違う、当時の国家を対象としているためで、国家とは歴史的にいくつかの相を呈しているのである。それを橋本は、「くに」という漢字の成り立ちから、中国・日本での変遷を追いかけるという形で示している。

また、ヨーロッパでも「state」「nation」の2つの層があることを指摘している。前者は「領土」を中心として、後者は「国民」を中心とした表現のされ方であって、歴史的には「nation」が新しいものとしている。さらに、「国民(国家)」の歴史が浅いこともあって、かつての「領土」であった時代の痕跡がしばしば現れると指摘する。

続けて、「国民の国家」の下であっても、「代表者」ではなく「指導者」が現れることがある、国家主義とは国家についての「不安」から生まれるといった、「いま」に対するアンチテーゼをたっぷりと含んでいる。「選びたい人がいない」に対して、「選びたいような人が生まれてくる世の中にする」「することがなくて暇だったら」そう考えることをおすすめするとしている点はお見事。

Kindleと読書メモの関係について考えてみる

読書 松かさの生活と意見

こんにちは。

今朝方『幸せになる勇気』について、感想めいた文を投稿しました。今回は、改めて「読む」「書く」について考えてみたいと思います。

私はどうやら「読書論」というものが好きなようで、何冊かその類の本を読んできています。たいていの本には

身につけるにはアウトプットをする、特に書くことを心がける

ことが勧められています。それは「話す」でもいいのですが、どちらにせよ、人に「伝わる」ようなアウトプットをするということです。ある意味でそれは、書くように、書く準備をするように読むということでしょう。そうしないと、読みっぱなしでは内容を忘れてしまうからです。一方で、忘れてしまうのは、その程度にしか重要ではないということも言われています。

私の場合ですと、

読書メーター

・本が好き! と言った管理サイトに

 +

・ブログ

という三段構えで「書く」ことを意識しています。

まず、紙の本の場合には鉛筆で、Kindleの場合にはマーキング機能を使って、かなりぐりぐりと線を引いています。Kindleの管理サイトによると、『幸せになる勇気』の場合ですと、実に531か所もマーキングをしていることになります。

紙の本の場合ですと、最初からパラパラとめくることで、おおよそどこに線を引いたかが把握できます。特に、その線を引いた前後の部分との関係を見直すためには、紙の本が有利であると思われます。

一方のKindleでは、まだ「慣れていない」ことに起因しているのかはわかりませんが、この、ラインを引いた部分を俯瞰することがやや難しいように感じます。

私は、スクロールするともう読む気が失せてしまうくらいパソコンで文を読むのが苦手でして、513件もピックアップした画面を見ただけでもうダメです。それに、前後関係がわからないということもあります。

そう考えると、Kindle読書は、身につけるという観点からは非効率なのではないか?ということになりかねません。未だ、そうではないという決定打がないが実情ですw

そこで。

極めて原始的な方法ではありますが、ノートやメモを用意しておいて、内容をまとめたり、抜き書きをしたりしながらKindle読書をすすめるということをしてみようと思います。実は、この『幸せになる勇気』では一部導入してはいました。しかし、いざ書こうとすると、なかなかうまくメモが書けない。もちろん、メモする技術が未熟ということもあると思います。しばらく続けてみて、再度検討を加えられればと思っています。

 

幸せになる勇気(岸見一郎・古賀史健)

読書 Kindle

おはようございます。

昨日、『幸せになる勇気』(岸見一郎・古賀史健)を一気に読了しました。以下は、管理サイトに投稿したものです。

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

 

【目次】

第1部 悪いあの人、かわいそうなわたし
第2部 なぜ「賞罰」を否定するのか
第3部 競争原理から協力原理へ
第4部 与えよ、さらば与えられん
第5部 愛する人生を選べ

===

前作『嫌われる勇気』から3年。哲人との「対話」を終えた青年は、教育の現場で「叱らない・ほめない」アドラー的教育に絶望し、煩悶していた。彼は再び哲人の部屋を訪ね、「最後」の対話が始まった。

今作は、このようにアドラー的人間関係の「実践編」として、まず「教育」の現場での応用がどうであったかという設定から始まっている。哲人の言うように、アドラーは俗流の理解や誤読がされてきた思想家である。青年は、時として苛烈な言葉で哲人を攻め立てる。しかし哲人は動じない。

「賞罰」を用いた教育とは、生徒への信頼と尊敬を欠いたものであって、本来の教育の目的である「自立」の援助が果たせない。自立とは、赤子がその弱さでもって世界の中心に君臨しているような状態(自己中心性)からの脱却を意味する。

自立を促すためには、その当人もまず「自立」していなけらばならないのだと思う。前作でも取り上げられている人生のタスク、即ち、「仕事」「交友」「愛」のタスクから目を背け、幸せになろうと決意していないということだとされていると考える。

仏教には、「現当二世」「受持即観心」という考え方がある。「現」とは現在、「当」とは未来を示し、過去にとらわれることなく、いよいよこれからだという考え方に通じる。「受持即観心」とは、法を持つ(たもつ)ことが、即悟りを開くというほどの意味である。アドラーの言う「人はたった今、この場から幸福になることができる」というのは、こうした仏教的な見方に通じていると思う。

ブログも読書も、体力勝負

松かさの生活と意見 ブログ

こんにちは。

最近、集中力が低下してきたと痛感しています。特に感じるのは、読書をしたり、ビデオを観たりしていても、最初の10分くらいで集中できなくなるということ。徐々に慣れていくのか、ビデオは3回か4回くらいに分けて見ています。読書の方は、時々読む本を変えて気分転換をはかっています。

また、ブログや読書サイトになど文章を書くのも、最初思っていたことの6割くらい書くと、もういいやという気持ちが出てきてしまって、尻切れトンボになりそうなことが多々あります。

このように、集中力・注意力が散漫になるのは、例えばメールやらFacebookやらの通知が届くからということもあります。音楽を聴きながらキーボードを叩いているということもあるでしょう。自室だと、誘惑が多いんです。かといって、サードプレイスを利用するほどの余裕と決意もなくww

ところでこの集中力、例えば脳の働きということも考えられるのですが、突き詰めると「体力」がそれを支えているのではないかと思うのです。私も、もう堂々と「最近の若い人は」などと言えるような年齢になってしまい、以前のように本をまとめて買ったりとか、映画を続けて観たりとかできなくなってきました。無茶ができないのです。仕方ないですよねえw

ああ、やはりそろそろ「もういいや」って感じになってきました(笑) 一度このあたりで失礼します。