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上機嫌でいこうw

松かさの生活と意見ほか

100分de名著『エミール』テキスト(西研著)

Eテレでオンエアしている「100分de名著」を時々見ている。

ナビゲーターの一人である、伊集院光さんの頭の回転の早さに

いつも舌をまいている。

6月度のテキストは、ルソーの『エミール』。古今東西の古典・

名著を取り上げ、25分×4回で解説が加えられる。

今回の講師は、西研さん。以前、何かを読んだ記憶がある。

以下の文は、さる読書管理サイトに投稿したものです。

 

*   *   *

 

自らの内面・良心の導きと、他者へのあわれみ(共感)を

軸に生きていく人間を育てるにはどうしたらよいのかという課題に、

ルソーが取り組んだ古典を著者が解説する。

ルソー存命の当時は、「子供」はまだ「小さな大人」として扱われ、

固有の発達段階にあるという問題意識は持たれていなかった。

そこへ発達段階に即した課題を提示した、今日では当たり前ながら、

当時としては画期的な教育論であった。

パリを離れ、閑静な田園に孤児として預けられた男の子のエミールに、

その家庭教師であるジャン・ジャックが課題を与えていく。この2人は、

どちらもルソーその人を投影したものであろう。

また、主著『社会契約論』で説かれる「一般意志」を見出しうる人間として

育つにはどうしたらよいのかというテーマにも取り組まれている。

「一般意志」とは、非常に乱暴にいえば、「自分のため」(自己保全)であると同時に、

「みんなのため」であることが矛盾しないような決定のこと。個々人の意見の総和や、

多数決で決まったこととは一線を画するものである。

このテキストで私が学んだのは、一人ひとりの「自由」には、

平和共存のために「ルール」(法)を見出すための

「対話」的な交流が必要だということ。そのためには、他者の意見を

「聴く」「聴きとる」ことが重要であるという著者(西)の意見であった。

「聴く」ことから始まる、自由への試みとは、まずは自分の「内なる他者」の

声に耳を澄ますことなのではないかと考えている。

次は岩波文庫に取り組むべきなのだろうが、その余裕はないので、

さしあたって「まんがで読む」エミールを読んでみようと思っている。